滝沢 洞風代範について語る

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【鍬海 政雲】

今回は、天心流兵法でもっとも知名度の高い、アイドルというかマスコットというべきか、愛されキャラのまーこ先生こと滝沢 洞風代範について書いてみようと思います。

身長157cmと小柄な体型でありつつ、三尺三寸の刀を扱い、そして様々な装束歴史文化などに造詣が深く、メイド抜刀に代表されるような奇抜な試みにも進んで取り組むことで、非常に大きな知名度を獲得するに至りました。

そして天心流の指導者であり、同時にタレント的な活動も勢力的に行っています。

そんな彼が天心流に入門するきっかけになったのが、骨董市での天心先生との出会いです。
和装をしていた彼に目を付け、天心先生から話しかけました。
既に大学で居合を学んでいた彼を、半ば強引に見学に招きました。
その場で私(鍬海)に電話をさせて、「会いたいと言ってるから今度君の家で技を見せてあげて!」という天心先生の言葉があり、拙宅にお招きすることとなりました。

天心先生の言葉を翻訳すると「たまたま会った人に声を掛けたら、居合やってるって言うから、強引に話進めて君の家に行くことにさせたので、天心流が凄いことを見せつけて!!」という程の意味合いになります。

あとで彼には「いくら東京に出てきたばかり(といっても二年くらい経ってる)だからって、怪しい変な人にほいほいついていっちゃ駄目でしょ!」と注意しておきました。
まあ当人としても相応に警戒はしたようなのですが、天心先生の説明に、少なからず関心は抱いたようでした。

そんなわけで拙宅であれこれと流儀についてお話して、技法などを実際に攻防を行って見せました。
しかしそういう腕自慢みたいなのは大嫌いというか、そもそもその流儀の想定で行い、流儀の型通り技が決まり制するというのは、出来て当たり前出来なければ恥でしかないので、自慢するような話ではありません。
(相手がやられることをわかっていて意図的に型を壊そうとした場合は、型通りというわけにもいかず変化するなどあれこれありますが。)

ただ今まで学んで来られたものとの差異について非常に興味をもってくれて、併修も問題ないということだったので入門することとなりました。
(天心流では他流と併修する場合は、揉め事を避けるため先方の許可が必要です。)

彼は幼少期から和文化が好きで、人見知りしない性格で様々な好事家の方々とすぐ親しくなり、そのネットワークから演武をする機会を自分で作ってくるという、天心流では珍しいタイプでした。
時期を同じくして、天心流が天心先生の振る舞いと言動でいくつかの演武会で出禁になっていたため、一番多い時期に比べると演武も少ないタイミングでした。
(そういうことは昔からよくありました。いまだにあります。)

しかし中々稽古場が遠方ということもあり、細やかな稽古が進まないため、私は一計を案じました。

彼の入門の一年ほど前まで、新宿稽古会を開催していましたが、主催が大きな怪我により参加できなくなり、稽古会は休眠状態となっておりました。
そこで彼に新宿支部の支部長を託して、新宿稽古会を新宿支部として再スタートすることにしたのです。
これは門人を増やすことが目的というのは建前で、実は彼の稽古機会を増やして天心流のコアメンバーとして育成することが目的でした。

入門から数えると二年程です。
武術経験者で大学居合部で主将を務めたとはいえ若輩者であるということも含めて時期尚早であるとも言えますが、天心流では時期尚早を是とします。
地道で基礎的な修業ももちろん重要ですが、同時に、今学んで明日使えるということも天心流では非常に重要視されるものです。
だから天心流では、入門からの修業年数や、腕前の上下を問わず演武を許可していますし、動画を個人アカウントでアップすることや、公式アカウントで進んでアップするようにしています。

そして何より、当時十指で足りる程度の門人しか在籍していない中で、悠長なことを言っていてられる状況ではありませんでした。
当時、既に私が第十世師家を継承していましたが、流儀の技術的な質を向上させ、そしてこれを多くの熟練者によって間違いなく継承させていくには、盤石の組織づくり、門人の育成システムの確立と門人の育成、それらのための多くの門人の獲得、そして多くの支援、そしてそれらを可能にするための広報普及活動…課題は山積していました。
(これは今もなお逼迫した課題です。)

私事ですが、幼少時より武道を学び、また武道指導のための教育を受けて道場経営やメディア戦略、ホームページ構築から動画作成など、一定のノウハウをもった人間が、天心流の価値を認めて、人生を賭して財を投げ売ってその保存と普及に努めようと決意した、こんな幸運はそうそうありません。

天心先生が「他流から腕の立つ人を連れてきて、君の右腕になるようにすればいいんだよ」と何度か言われましたが、これは流儀としては門人を育成する能力もなければ、やる気もありませんと白旗を揚げているようなものです。
実際、私が流儀を四年弱で修業道半ばながらに受け継いだのも、そういった側面(人材を育てられ無かった)によるということが否めません。

奇跡の出会い、幸運の出会いというのは確かに存在します。
石井先生と天心先生の出会い。
天心先生と武井先生の出会い。
天心先生と井手先生の出会い。
井手先生と私の出会い。
そして天心先生と滝沢先生の出会い。
あたかも見えざる手によって導かれたような、不可思議な力を感じる出会いというのは確かに存在します。

しかし努力せずに幸運の奇跡に流儀を委ねることは出来ません。
兵法が兵法として機能することがないのであれば、そもそもこの時代に古武術が用立てることは何一つ存在しないと言えます。

さて話を本筋に戻します。
滝沢先生がブレイクするきっかけになったメイド抜刀ですが、もとを遡るとご母堂のアイデアでした。
彼が実家に帰省したおり、ご母堂のアイデアで仮装で使った茄子コスチュームを着せられて抜刀した様子を撮影しました。

天心流の広報を考えた時、世間に対してまっとうなPRだけでは十分ではないのは当然のことです。
変化球ばかりではいけませんが、ストレートだけでは耳目を集めることは出来ません。
広報には直球ストレートと併せて、誰もがあっと驚くような意外性が必要不可欠です。

直球ストレートが技法の動画や流儀の教えであれば、猫やメイド抜刀などはまさしく変化球です。

ちなみに隊列抜刀などは直球ストレートと変化球のあわせ技です。

次の帰省の時にご母堂が持ち出したのが、やはり地元の仮装で用いたメイド衣装でした。
さすがにこれは彼の個人アカウントですら出すのはためらうところでしたが、とりあえず撮影をして私に見せてきました。

「これ撮影したのですけどどうしましょう?」

相談を受けて、そのメイド抜刀動画はいったん寝かせることにしました。
しかしそれからしばらく月日が経って、「メイドの日」があり、そのタイミングでものは挑戦だということでトライ(投稿)してみたのがきっかけとなりました。

猫広報にしても、メイド抜刀にしても、それ以外にしても、どこまでを線引きとするのかというのは、実は毎回私の脳内会議を行い、最近では社団法人理事会と指導者支部長グループ、また時には全門人のLINEグループなどで相談した上で案外慎重に吟味していたりします。

「一見すると優雅に水面を泳いでいるように見える白鳥だが、実は水面下では激しく足を動かしている」という嘘がありますが、天心流の場合は実際、表面上はただ楽しくやっているように見えますし、実際この上なく楽しんで充実して活動していますが、同時に大変な苦労も水面下ではしているのです。(ドヤ)

それが契機となって、日本だけでなく世界でも多くの人に存在を知っていただくようになりました。
また天心流の独自性をはっきりと打ち出すことともなりました。

ある意味ではマイナス面もあります。
重みであったり、権威性を自ら打ち捨てるような行動とも言えるからです。
しかし正直な話、古武術が持つ重みや権威など、世間一般からするとアンタッチャブル、不可侵領域だと認知させて足を遠のかせてしまい、多くの学んでいただき、また時にこの活動を応援していただく機会を損失するだけのものです。

だからといって好き勝手にやればよいというわけではありません。
古武術というカテゴリにおいて、一種の共同歩調を求められる側面があります。
それを乱すのは、全体に被害をもたらすという激しい抵抗があります。
実際、順風満帆に継承を行えている流儀にとっては、迷惑でしかありません。
だからこそ、じっくりじっくりじわじわと、最初は猫からはじめ、ネタをあれこれと積み重ね、気づいた時には「天心流だから」と言わせる雰囲気を作りあげることが必要でした。
そうすることで一種の免罪符を得ることになります。

またただ認知度を高めて天心流=古武術ということになっては、「古武術はメイドのコスプレをするもの」という誤認識、ミスリードを生みかねません。
(メイド抜刀に限らず、通常のすべての教えについても同様であり、独自のもの、比較的諸流に共通する教え含めて、基本的に「天心流では」ということが重要であり、普遍的なものというのは誤った拡散方法論だと考えています。)
ですから世間には、あくまでも古武術の中の変な流儀、変わった流儀、ユニークな流儀という認識をしていただかなくてはなりません。

この独自性はブランディングとして重要なことです。
この天心流のブランド戦略の急先鋒を担ってくれているのが滝沢先生なのです。

メイド抜刀がバズった時に、私は彼にお願いをしました。
「天心流の弾除けになってくれ」と。
多くの絶賛とともに、多くの罵詈雑言、中傷、冷たい視線を浴びることにもなりました。
流儀に対してもこれは同様ですが、しかし彼が女装のメイド抜刀という一種のシンボル的な役割を果たすことによって、天心流への攻撃はその一点に集中します。

つい最近、そうしたネットでの誹謗中傷が大問題となった事件がありましたが、人の悪意や憎悪は、人を殺すほどの力を持ちます。
そして今後の活動で、さらにそうした激しい憎悪を向けられることを覚悟の上で、天心流の弾除けになってほしいと頼みました。

彼の素晴らしいところは、いわゆるネアカといわれるような、底抜けの明るさであり、自分を真正面から愛する良い意味でのナルシズムです。
このように自己愛をきちんと自覚して、嫌味なくさらけ出せる人は多くはありません。
そして彼はそのための努力も惜しみません。

先程の白鳥の話のように、表向きでは見えませんが、私は指導では門人に対して鬼のように厳しく接することもあります。
基本的に楽しい稽古ですが、それは同時に私の駄目なものは駄目だという情け容赦ない要求、絶え間ない要求に向かい続けることにほかならず、それに耐えてきたことが、彼の技法を支えています。

今でも、公開しているオンライン稽古であろうがなんだろうが、プライドなど知ったことかということで私は指定し修正を課します。
これはすべての指導陣、門人に対して共通するものです。
下手なプライドを気にして中途半端を許していけば、やがて大きな破綻に繋がることを私は経験則で知っているからです。

だからこそ、今後とも彼は成長を続けるでしょうし、ますます皆さんに深化をお見せ出来ると思います。

古武術系ゆーちゅーばー まーこチャンネル

↑↑↑彼のYou Tubeチャンネル「まーこちゃんねる」もよろしくお願いします。




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