天心流兵法には「死生終身戒ノ剱」(しせいしゅうしんいましめのけん)として殿中刀法鞘ノ中(でんちゅうとうほうさやのうち)という技法があります。
武士が屋敷などに上がる際に、大刀をそのまま(持ったまま)で上がった際には、吾の陰・陽・暗(右・左・後)に大刀を置くという作法があり、天心流ではこれを置刀(おきがたな)、或いは休太刀(やすめだち)と称します。
・置き刀について
http://tenshinryu.blog.fc2.com/blog-entry-90.html
いざという時には、脇に置いた刀を抜くか、身に帯びた小刀(脇指)を抜いて応じるのですが、もし抜かずに収められるならばそれに越したことはありません。
刃傷沙汰ともなれば、相手が先に手を出した場合でも、悪ければ切腹の沙汰も考えられる時代です。
ですから、可能な限り刃傷沙汰をさけるという事で、諸流に鞘の内と、未然に争いを防ぐ心法を伝えております。
天心流ではもちろん心得としても大事ですが、抜かずに制する技法として、殿中刀法鞘ノ中を整備しました。
本数としては柄打ノ事、小尻返ノ事、柄返ノ事、鍔転返(秘)、往柄(秘)と僅かです。
本数は少ないものの、これにより、武士にとっての刀とは、単に刀身の事を示すのみではない事を教えます。
刀とは柄頭、鍔、小尻、鞘、柄、下緒…と総てを指すものであり、全機を現してこそ御役目を果たす事が出来るものである、という初覚の教えです。
(秘太刀は別ですが)
●古武術 天心流兵法~壱之動画~ Tenshinryu hyouho PV #1
こちらの動画では冒頭に柄打ノ事(応用の段打)、鍔転返(秘太刀)があります。
●古武術 天心流兵法~弐之動画~ Tenshinryu hyouho PV #2
こちらの動画では冒頭に柄打ノ事、次に小尻返ノ事(鐺返ノ事)を紹介しております。
これらは、天心流流祖、時沢弥平師の師である、柳生宗矩公が考案とされており、宗矩公の活人剣の思想を示したものと伝えられております。
そしてこれをさらに厳しく教えるのが紙縒りの教えです。
■ 紙縒り
紙縒り(こより)とは細く切った紙をひねってひも状にしたものの事です。
紙をよる(捻る)事から、「かみより」、それが変化した「かうより」、そして「こより」と音変化したそうです。
今だと、くしゃみを出すためにティッシュペーパーを捻って作るくらいしか、身近に接する機会は無いかもしれません。
この紙縒りを刀に結束して抜刀出来ないようにするという作法があります。
勝海舟などは日頃からそのようにしていたとも言われております。
天心流の殿中刀法鞘ノ中はこの紙縒りを用いて稽古し、また作法としても、場によっては紙縒りを用いるように教えております。
これは古くは戦国の時代に、敵方との交渉など、刀を持ち込む際にも、紙縒りにて結束し、決して抜かぬ心意気を示して臨んだ作法に由来します。
稽古では「紙縒不(レ)切心得 稽古ノ事」と伝書に記述されたように、紙縒りを切らずに行うように教えます。
ただ紙縒りは頑丈なので、そうたやすくは切れません。
だからこそ信頼の証、抜かずの頑強な意志を示す事ともなりました。
これを切る口伝もありますが、まずはなにより抜けぬように確りと結束するのが大事です。
結束法は伝書にも絵図があり、その結束は蝶の姿を模するように致します。
写真のように、栗形にて結束する方法と、鍔側にて結束する方法が伝えられております。
鍔と栗形にて止めますが、下緒のため栗形に入らない場合もあります。その際は鍔を下緒にて結束致します。
基本的に解けない事が肝心です。
結び目は蝶の姿にします。
伝書ではこのように描かれていたようです。
ただ一般に、止まる時に跳ねを広げるのが蛾で、閉じるのが蝶(その限りではないようですが)と分類されるそうなので、私は少しアレンジを加えております。
また片輪結びにしても構わないとされております。
輪があまり小さいと、相手に結束しているというアピール度が期待出来ないので、ある程度大きめに、かつ邪魔になったり見苦しくないようにします。
天心先生は数年前から、「正しいやり方を確認しないと間違いがあったら恥をかくから!!」と心配し、資料を探すように命じられておりましたが、時代劇などでも見かけず、また史料を探しても見つかりませんでした。
もっとも当流の方法は当流の方法なので、何らかの史料があったとしても、あまり関係ないのですが…。
紙縒りをしっかり結束致しますと、本当に一寸(3.03cm)どころか一分(0.303cm)も抜く事が出来なくなります。
中には自分で紙縒りを作る奇特な門人もおります。
そういった事も含めて、こうした武家文化を学ぶのは大変面白いものです。
そんなわけで、昨日の本部稽古にて紙縒りの結束法を指導しました。
なんとなく勢揃いの写真を撮影しました。