
「現代の古流(古武術)はカルチャー教室のようだ。
弟子は師を敬わず、ただの先生として扱う。
これは弟子ではなく生徒である。
心からの尊敬がなくば、本当の意味で技藝を修めるなど不可能である。
表面上だけをなぞり、核心となるものに触れることもない者に、段位、免状を授ける。
仏(仏像)作って魂入れずとはまさにこのことである。
骨抜きのイミテーションのような生徒を乱造することは、まさしく古流を形骸化、衰退させているのと同義なのだ!」
といった論調が、昔から一部にありました。
ところが、そもそも「先生」も「師匠」も、江戸期には現在言われるほど明確な上下関係をもっていた用語ではありません。
しかし現在では、「師事する」(この言葉自体半ば死語のようなものですが)機会が少なく、師匠は格別な用語という感があります。
先生は古代中国では文字通り「先に生まれた人」を指し、後に師匠を意味する用語としても用いられたようなので、日本とそれほど変わらないと言えます。
なお、「先生」に対して、「後生(こうせい)」という用語もあり、文字通り後から生まれた人、年下を指します。
「後生畏るべし」(『論語』。年下を侮るなかれ)というのはよく知られる言葉です。
面白いのは、一般には師匠は自身の師を指しますが、落語では真打を一門でなくとも師匠と呼ぶ風習があります。いつ頃からなのでしょうか。
ちなみに古流(古武術)とか武道だと、他流の方でも「先生」を付けて呼ばないと失礼に当たると言われています。
ところが道場によっては、他流で師事していないのに先生付けで呼ぶなど失礼だ! と怒るところもあります。
どないせいちゅうねん。
「生徒」も同様に、古代中国で使用され、日本でも長く用いられてきた用語であり、江戸期にも学ぶ者を指して用いられ、「弟子」や「門弟」と意味の重なる部分もあったようです。
確かに「師弟は三世(していはさんぜ)」という言葉があるように、師弟関係は家族よりも強い絆をもつとされます。
一日師不疎 況数年師乎
師者三世契 祖者一世眤
弟子去七尺 師影不可踏
(『童子教』。中世日本に成立した教訓書)
「一日の師をも疎かにせず、況んや数年の師をや。
師は三世の契り、祖は一世の睦み。
弟子は七尺を去って、師の影を踏むべからず。」
しかし同時に、江戸期には非常にカジュアルな、気軽な師弟関係も存在していました。
必ずしも師弟関係が、そこまで深い関係を示すものではないのです。
確かに、何かを学ぶ際に、傾倒するほどに熟達することでしょう。
しかし同時に、文化を継承していく上で、熱狂的な人々だけで支えるというのは限界があります。
多くの成熟した文化は、それを支えるのに、熱狂的な人々以上に多くのライトな、消極的な人々が必要です。
古流を学ぶ人には、ある意味での選民思想的な価値観を持つ人、少数精鋭を標榜する人々が多くいます。
しかしそもそもマイナーでマイノリティな古流にとって、それは選別でも精鋭でもなく、ただの少数です。
プロモーションも不十分で、世間に存在を知られず、学ぶ機会も多くない。
これは現代に限ったことではなく、明治以降に古流が置かれている状況が良かったことは一度もありません。
流儀の舵取りは各々の流儀のものですから、他流にとやかく言うことはできません。
しかし天心流ではこの状況を打破すべく、私の入門後(2008年)、あらゆる施策を行ってきました。
もちろんそれは、伝統を守るという条件のもとにです。
そして冒頭のように、実は伝統的と言い難い観念が、世間にも古流界隈にも広く浸透しているという現実があります。
そういったものを伝え直すのも、私たちが広報の一環として取り組まなければならないものです。
なぜなら、多くの誤った知識で私たちが散々に批判されているからです。
そして間違った知識を信じて、そういった誤った批判を鵜呑みにする人も非常に多くいます。
なぜなら、研鑽することより、誹謗中傷することに熱心な人々は、そのために非常に多くのコストを支払っています。
研鑽すると、そうした誹謗中傷への対応は後回しになります。
彼らと議論するのは時間の無駄でしかありませんが、対抗策として正しい認知を広めることが重要になっています。
