靖国神社奉納演武に関して

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少し真面目なお話をします。
天心流では長年に亘り靖国神社さまにて演武を奉納させていただいています。
最近はそうでもないですが、昔はそのことから「天心流は右翼なのか?」という質問を時折いただいていました。

実際、靖国神社さまの創建、そしてその後の諸問題、また先の戦争についての考えから、門人内にも実は快く思わない方もいらっしゃる可能性はあります。

そのため、一度ここで天心流の立場を明確にしたいと思います。

まずこれは流儀としてというより、私個人的な考え方ですが、個人、ないしは団体が右翼、左翼を思想的観点から名乗る場合を除いて、私はこの右翼左翼という言葉を個人や団体に対してレッテル貼りとして用いることを大変嫌っています。
物事を語る上でそうした用語が必要であるという意味ではもちろんそれらを使用することが憚られるものではないということは前提の上でですが。

右翼左翼という言葉の由来をご存知でしょうか?
これはフランス革命期の憲法制定国民議会において、旧秩序の維持を支持する保守勢力(王党派、貴族派、国教派など)が議長席から見て右側の席を占めており、旧勢力の排除を主張する共和派・急進派が左側の席を占めたことに由来します。

このような由来で生じたもので、世界の複雑な状況に対しての思想を単純に二分するのは、明らかに誤っています。
その人の主張のフラッグとして用語を用いるのは良いですが、レッテル貼りとしてはあまり好みません。
用いる側の思惑、意図が存在するからです。

さてそれはともかくとして、まず先の戦争を肯定する云々ということに関して言えば、天心流ではすべての闘争を否定する立場です。
それは宗矩公の思想を見れば明らかなことです。
しかし否定しても起これば、それを収めなければなりません。
そして世に動乱を引き起こし、大禍を招く存在がいるならば、甘んじて闘争を行い、未然にこれを収めるのが宗矩公の活人剣です。

あたら闘争を否定するのではなく、大前提としての否定。 その上での現実的な対策までも含めてそれは兵法家伝書に明記されています。

先の大戦も、日本が悪いという二元論ではなく、当時のすべての国家の対処に何らかの責務があります。
しかしすでに先の戦争の開始から80年以上が過ぎた今、その責任を論じるのは、学術的観点でも無い限りは意味をなしません。
そしていたずらに自虐的にすべての責務を日本を含めていずれかの国家に収斂し反省としても、今後起こりうる大禍を防ぐ手立てとしては用をなさないと言えるでしょう。

過去を知り、過去に学び、未来を作る。

これが天心流の現在、というより、本来の武術のありようです。
そして靖国神社さまはそういう観点から、一つの大きな意義を持つ神社となっています。
謂わば日本における(特に未だ記憶に残る近代における)戦(いくさ)の象徴と言える場所です。
「近代戦で命をとして身を捧げられた英霊の御霊をお慰めする場所」という特別な意味を持つ社で演武を奉納するということは、天心流の根源である、士林団「光願」の中で産声を上げて培われた天心流にとって、その存在の由来とそこに込められた「非戦のための戦」という願いを技の中に現出させ、知らしめる機会であり、そのための場所として言えます。

とても複雑な考えですが、これは右翼だ左翼だというような既存の概念で言い表せるものでしょうか?
いずれの言葉を当てはめても、それは的外れと言わざるをえないでしょう。

一言で言えば活人剣なのです。
左右いずれかの翼ではなく、私達は剣を執って立ち、歩み、時に抜き、振るい、駆けて、納めます。
もし飛ぶ際には、両翼を用いて羽ばたきます。

 




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